berlin cafe and more

Click an image, and you will see it large!

習慣 その1(NHK『地球アゴラ』)

先日、NHK BSの地球アゴラに出演した。

スカイプで世界各国の素人レポーターを生中継でつなぐという情報番組。今回はベルリンのほか、ロシアと韓国とロンドンから。テーマも地下鉄とソフトだし、話を聞く限りはだいじょうぶかな、と軽い気持ちで受けたのだが、ふたを開けてみるとこれが大変だった。でも貴重な経験をさせてもらって、とてもよい勉強になった。

もうおそらく二度とテレビに出ることはないと思うから、反省の意もこめて以下に感じたことをそのまま覚書。

打ち合わせに打ち合わせを重ね、台本も何度か変わったが、本番というのは生き物で、かつ生中継なので台本どおりには進行しない。たった50分番組の7,8分話す私で大変なくらいなのだから、製作側の大変さは尋常じゃないはず。

打ち合わせもこちらの時間に合わせて日本の深夜以降が多かったし、当日も一時間のリハーサルを含め、3時間前からのスタンバイ。その間にいろいろとチェックが入るが、待ち時間の間も電話でつながっていて、緊張しがちの素人の出演者の気を紛らわせるためか、いろいろとおしゃべりしてくれる。

練習の時には、全く上手く話せてないのに「だいじょうぶですよ」「その調子で」、と決してわざとらしくなく、さりげなくほめてくれる。おそらく彼は100回以上、同じことを自動的に言ってきたはずだ。それがわかっていても私には効いた。おそらく誰でもそうだと思う。ぜんぜん大丈夫じゃないのはわかっているけれど、大丈夫、と聞くと、疑いの気持ちを持ちながらも、そんなにひどくないかも、などと、素直に受け止めて安心する3歳の子供にかえった気分であった。

彼の「うそも方便」がなければ、途中で降りていたのは確実だ。それに、生番組に素人を出してしゃべらせつつ、決まった時間内に番組を完成させなきゃいけないのだから、もっとぴりぴりしていてもいいはずなのに、担当者のSさんはなんだかとても温和な気持ちのよい方で、それにも少なからず救われた。

そして本番。それまではぜんぜん大丈夫だったのに、本番はむちゃくちゃ緊張して、声が出なさそうなくらいに、のどがからからになっていった。

50分の番組で、その間の自分の持ち時間はたかが10分もないのだ。事前に、それ以外にも「時々」画面に映る「かも」しれません、いわれていた。しかし、番組がはじまってみると、自分の顔がスカイプを通してど真ん中、司会者の後ろの大スクリーンの上にアップで映し出されているではないか。つまり、ずっと映る場所にでているのである。これじゃあ、大きなグラスに淹れて飲もうと思っていたラッテマッキアートもおおちおち飲んでいられない。

時おり他の出演者(3人)も映るが、皆スクリーンに向かって顔のアップのまま不動である。「ずっと動かないでください」といわれていないのに、プロの中継アナウンサーみたいである。もちろんこれはボランティアではない。ギャラも出るのだ。しかし、そうはいっても私は素人で、しかものどが渇いてきた。徐々に緊張でからからになっていくのがわかる。そして、目の前に淹れたばかりのコーヒーが誘惑してくる。

と、突然咳がでそうになった。

ためしに手で覆って咳をしてみると、当然ながら、テレビ画面中央にもちろんそれがアップで映しだされる。すごくよく映るし、見ているほうは(私はテレビ画面をスカイプを通して見ているのだ)うっとうしい。そういえば、夫に「少し体を動かしただけで目立つから、じっとしてないとだめだよ」といわれていたっけ。こういうことなのか、と本番中に気づき、一旦覚悟は決めたものの、今度は次第に鼻がかゆくなってきた。鼻は掻くわけにはいかないだろう。髪もかきあげたい。姿勢も変えたい。ああ、ものすごく窮屈。

そんな折にVTRが流れた。

これ幸いと画面から外れて、コーヒーをごくり。モニターを見るとまだだいじょうぶ。もう一回ごくり。まだまだいけそう、としばらく飲んでいると、場面はまた会場に映っている。つまり私の顔が不在の、黒い椅子だけがアップで映っているのだ。やばい!と、また上半身を戻す・・・ 

今思うと、体をカメラからはずさすに、堂々と自分の席でコーヒーを飲めば自然でよかったのかもしれない。でも、おそらくそんなことは約束事にはなっていないくらい、常識の事のような(してはいけない)気もする(番組のレポーターが、自分の出番ではないといえ、中継中にコーヒーを飲みながら茶の間気分でくつろぐなんて)。今に至っても正しい自分の行動がわからずにいる。おそらく、本番中にコーヒーや水を口にする必要がない人がほとんどなのだろう。

とはいえ、自分ではまあ、一瞬のことだし、だれも気にしてないはず・・・ と思っていたが、見た人の証言によるとかなり目立っていたとの事であった。急に画面からいなくなったり、急に戻ったり、ちょっと動いたりと。今となってはわかっているから、動くほうが不自然に見えるのだが、あの時は自由に体が動かせないというのがこんなに不自然で、努力を要することだとは思いもよらなかった。

自分の番が来たときは、声を出すのがやっと、という感じだった。でも、何とか声を出せたのは、自分の中から出てきた勇気じゃなくて、司会者のプロの対応。声を出さなきゃ、というんじゃなくて、魔法にかかったみたいにさあしゃべろう、って気になるのだ。体は拒絶しているのに、心が開くのである。そしてしどろもどろながら、司会者やゲストの人のすばらしいフォローのおかげでなんとか無事終了。

今回の番組は、ロシアと韓国の話題が中心。なんせ、韓国では、地下鉄車両で血糖値をチェックしてもらったり、役所の支店があって面倒な手続きができたりするのである。宮殿のような駅があったり、椅子が向かい合って並ぶのではなくて、片側の面に絵画がかかっている美術館車両があるロシアの地下鉄もインパクトがあってため息が出た。ベルリンの地下鉄がいかに合理的で便利にできていても、この二つの話のインパクトの中では、話題性としてはさしみのつま役程度であったと思う。

それでも、私はそんなつまが一番好きで、やっぱり視聴者に「おいしい!」と思ってもらいたかった。なので、自分の不出来は仕方なくとも、少しでもベルリンの地下鉄の魅力が少しでも伝わっていたらいいなと思っている。

ところで、自分は上手く話せないながら、ゲストの人がドイツの地下鉄についてすごく上手くまとめてくれて、本番は心の中で感謝感激であった。というのも、彼はなんと「ドイツの地下鉄は世界一だと思います!」と締めくくってくれたのである(彼はリハーサルにはいなかったので本番ではじめて聞く感想だった)。

本当は台本ではあと2つくらいの質問があって、さらにベルリンの地下鉄のいい点を述べるはずだったのだが(話せたのは改札がないことと、全駅無人駅という事となぜそれで大丈夫なのかという理由だけ)、それは結局必要なく終わり、とにかく自分の不出来なんてもうどうでもよく、やっと終わった!という安堵でほっと一息。久しぶりのものすごい放感を味わった。

この生中継のことは、家族にしか事前に言っていなかった。しかし、偶然にみてくれた人などからも反応があった。その反応のしどころというのがだいたいみな同じで、それはまた私の予想に反し、驚くばかりであった。特に最も熱心な視聴者であったであろう、実の母のコメントには度肝を抜かれた・・・

(つづく)

comment