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ありがとうの気持ちを、忘れないように。

最初は楽しくてしようがなかった。しかし途中からむずかしくなってきてさぼりがちになっていったドイツ語のコースが終了。最後のほうは日に日に足が重くなり、入りたくないなあ、と思いつつ授業が始まって随分たつ教室のドアはこれまた鉄のように重かった。しかし思い切って開けると、いつも笑顔で皆が迎えてくれたことがどんなにありがたかったことか。

コース終了後のテストは、受かるとか受からない以前に、よくこの状態で受けたものだと思うくらい自分にとっては難易度が高いものだった。準備もまったくといっていいほどできなかった。それも、すべて終わり。

私にとってこのドイツ語コースは、ただドイツ語を習う場所ではなかったのは確かだ。

生まれてこの方一日3時間以上勉強したことがないのに、授業で座っている時間がすでに3時間以上なのである。(つまり学生時代も居眠りするかさぼっていたわけである)。それだけで十分大変だったので、ドイツ語を勉強する余裕も体力もなかった。なんていうのは半分冗談。つまり、半分はまじめである。それくらい自分の中ではしんどい日々であった。一方で、ドイツ語以外のことはかなり素直に勉強できたと思う。

まず例文を作ること。10数人の生徒が順番に習った単語や構文を使って例文を作るのであるが、当然のことながら同じ例文をそのまま使うわけにもいかず、重なってはいけないのだ。この訓練により、かなりオリジナリティーやクリエイティビティーといったものが研磨されたと思う。つねに人と違う例文をつくるだけでも大変だし、せっかくだからと笑いを誘うようなものを考えようとして、かなり神経を使った。おかげでクラスが大爆笑することも多かったが、だんだんと面白いことが期待されるようになり、自分の番が回ってきただけで(まだ何もいってないのに、なにか面白いことをまたいうんだろうと)笑い始める人がいたりして、最後のほうはかなりのプレッシャーだった。

そして人の例文には、大げさかもしれないが、気を許すと人生がそのまま浮き彫りになってくることも発見した。イタリア人のD君はいつも例文の内容が暗い。自分の不幸と、悲しさを嘆いた文章ばかりだ。イタリア人=底抜けに明るい、と考えるのはただの固定観念に過ぎないと思い知らされたものだ。まじめと思われている日本人に、私みたいな不真面目な日本人がいるのと同じように、根暗なイタリア人もいるものである。

「その男性は、銃弾を撃ちながらこちらに向かってきた」

という例文を作った女性はいつも笑顔で底抜けにあかるいイラク人女性。

この例文を聞いて、あはは、ターミネーターの映画みたい!とクラスの皆が笑った時、彼女は困惑した顔を見せた。それ気づいたクラスの太陽的存在Vさん。どうしたのと聞いてみると、どうやらこれは本当に見たことがあるものだという。というかかつてはむしろ日常茶飯事だったと。

その彼女の前に座っていたのは美人で知的なイラン人女性。

二人は顔を見合わせて、「そうよね、私たち(の国)、何年も戦争してたんだもんね(笑)」と。二人とも国は違えど、同じように爆弾で家は吹き飛ばされてしまったらしい。それでも、あっけらかんとしている。今は。

V女史は、年上と思えないほどチャーミングな女性。笑顔がきれいで、心底優しくて、それでいて芯がある。彼女を思うとき、どうしてもちらついてしまうのがマザーテレサ。彼女はマザーテレサの生まれ変わりじゃないかとつい思ってしまう。

彼女は40をとうに過ぎて幸せな結婚をして、義理の子どもたちと楽しい家庭を築いているが、その忙しい日々の合間に孤児院やホスピスを巡り和顔施をしているという。ドイツ語にボランティアと名誉職という二つのことばがあるのを知ったのも彼女のおかげだ。ボランティアとはドイツ人の考えによると、無料奉仕といっても結局自分も経験などの何かを得られるものがあるということらしい。一方で名誉職はとことん無私で、相手のためだけにする無償の施しだという。

そう考えると、ボランティアをするのは、してあげる、してもらう、の関係ではなくってお互い様ということである。そう考えて名誉職との違いをはっきりさせれば、日本でもボランティアがもう少し気楽に行われて、その幅も広くなっていくのでは、と思ったり。自分自身の経験を踏まえても、この違いがもっとはっきりわかっていれば、気持ちの上でやりやすかったかなあと思う。

65歳のE氏は、ロシア人。ロシアではかつて丸紅などとの取引がある大会社のマネージャーだったが、今はわけがあってドイツに引っ越してきて、タクシーの運転手になるためにドイツ語を一から勉強している。毎日たくさんの新しい単語が出てきて覚えられないと先生にいつも怒っている。ロシア人同士でロシア語の会話でもいつもいい合いをしているお茶目なおじいちゃんである。

クラスで一番人気者のS君は、サルディニア出身。おしゃれで格好良く、ロマンスグレーが似合う知的なイタリア人。しかし、彼はまったくといっていいほど自分のことを語らない。聞かれてもはぐらかし、自分が育った街の写真も一枚も持っていないという。すべてが謎だ。

いろいろな生徒がいた。

こんなに長くドイツに住んでいながらドイツ語が苦手という、私の悩みのなんと小さいことか。

「私の親戚のおばさんは、60歳でスイミングスクールに通い始めたのよ。それまでかなづちだったのに、生まれて初めて、60歳で泳げるようになったの。だから、大丈夫。ゆっくりやればいい。」

それでも、こんな風に励ましてくれたルーマニア人の女性。

いろいろな人と出会った。

コースが終わって、ドイツ語をまた随分忘れそうだけど、彼らのことはきっといつまでも忘れない。忘れないために感謝の気持ちで記しておこう。彼らからは生きる力とたくましさをもらった。日本語が読める人はひとりもいないけど「ありがとう」とテレパシーで感謝の気持ちをここから届けます。

写真は15名ほどが集まった持ち寄りの打ち上げパーティーにて。もちよりは個性がでてこれまた楽しい。

ロシア人のおじさんが持ってきたウォッカとイクラ。イクラだけ食べるのもどうかということで、巻き寿司の上に少しづつ載せてオードブル風にした。別のロシア人女性の粋なアイデアで、中心がずれて見苦しかった(我が作)巻き寿司が豪華に変身。歓声を上げる。

コースの途中でキッチンのない小さな部屋に引越しをしたある彼は、いつも体に不健康な安くて簡単なものばかり食べているといっていた。一時間遅れてきてみんなにブーイングされながら、さしだしてくれた大きなボールの中には、手作りのサングリアが。しかも(ドイツでは一番安い果物といっていい)りんご99%のりんごサングリアだ。しかし、どれも同じ大きさにきちんとカットされている。この量を作るのは大変だったろうなというくらいの量だ。涙が出そうになった。

ドイツ製菓協会役員の奥様特製のブラック&ホワイトチョコムースの味わいと美しさも忘れがたい。忙しくても冷凍や市販のケーキを買って持ってきてくれた人の気持ちもうれしかったし、即興で生演奏をご馳走してくれた人もいて、ひさしぶりにとても楽しかった。

もちろん、みんなが帰ったあとに力つきた主催者をねぎらい、後片付けをすべて無言で請け負ってくれた夫にも、感謝感謝。

 

 

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