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男と女

リアルト橋のすぐ脇の、小路を入ったところにある小さなホテル。

目立たない小さな看板だけが目印のドアを開けると、いきなり(後で数えると69段の)急な階段がまっすぐに続いている。床のモザイクの数字を見る限り、13世紀の建造物のようである。

決して軽いとはいえないスーツケースを持ち上げ、半分くらい階段を上りきる。が、急に不安になってきた。がんばって上ったとして、本当にその一番上にレセプションがあるんだろうか。実はもっとほかに簡単にアクセスできるレセプションがあるのではないだろうか。半分上りきった階段をまたおりてきて、もう一度小路にでる。少し後戻りして、確認するがやはり入口はここしかなさそうである。観念して一気に上りきる。

息を切らして、これまた重いドアををあけるとレセプションが確かに存在した。その先には小さなサロンがあり、ヴェニスの大運河の眺望はすばらしいの一言。すてきなホテルだ。ステッカーを見るとどうやらミシェランでも紹介されている優良ホテルのようだが、宿泊前にこんな難関が待っているホテルは日本のガイドブックにはおそらくのらないだろう。知らぬが仏だ。そして知っていなかったからこそ、出会えた感動である。無知も役立つ。

サロン兼朝食レストランは、このホテルは一体何部屋あるのだろうというくらい、小さい。6テーブルくらいしかない。そして小さいながらもこの部屋のかなりの面積をとっているのがこのブッフェスペース。このごろはアンティークショップめぐりもできず、セカンドハンド専用の新聞や、ネットで見ることが多いのだが「朝食ブッフェ」という名前がついている家具を時々みかけていた。想像はできていたのだが、名前の由来を、初めて実感。今思うとアドロンホテルにもあったような気がするが、あまりにも仰々しいので、かえって現実味がなく、かつての姿を想像しづらかったようである。

ある朝。

その朝も夫は、早起きの習性と、妻と娘の寝坊の習性を生かし、ひとりで早朝散歩に出かけていた。その帰りにサロンに立ち寄ると、なにやらものすごい剣幕の声が聞こえてきたという。耳を済ませると、朝食ブッフェのすぐ横にあるドアからのようであった...

私達が朝食をボーっと食べていると、夫いわく。

「ほら、見てごらん。あそこにドアがあるでしょ。ここはたぶんスイートルームだと思うよ」

「すいーとるーむ、って何?」と娘。

「広くてきれいなお部屋だよ」

「いいなあ。あそこのへやがいい」

「でも今朝あそこの部屋からすごい声が聞こえてきたんだよ」

「すごいこえって、どんな?」

(トーンだけで、白熱した男女の会話の真似)

「それ、何語?どういう意味??」と私と義母。(そろそろ目がさめてきた)

再現された会話は省略するが、どうやら若いイタリア人カップルが朝からすごい剣幕で喧嘩していたようなのである。原因は、女性は12時にはきっかり昼食を食べにレストランに行きたいと主張し、それが男性は理解できないというのである。男性の言い分としては食事はいつでもできるのだから、午後に休み時間をとる店でのショッピングを食事よより優先させて、店が休み時間に入ってからちょっと遅めの昼食をとればよいではないか、ということのようである。一方の女性はそれに激しく反論、食事は決まった時間にとるべきもの、と叫び、それを聞いた男性は怒りが爆発、ミラノ人よりも働かないヴェニス人に対しての怒りも彼女に向ける。よって会話は平行線となり白熱し、次第に声の高低の開きが大きくなっていった模様である。

しばらくすると例のカップルが部屋からでてきた。いけないと思いながら、思わずちらっと観察してしまう3人(そして遠慮なく直視する小さな若干1名)。しかし、喧嘩は終わり、すでに休戦状態に入っているようだった。腹が減ってはいくさができぬ、で合意したのか。

翌日の朝。昨日の話しをすっかり忘れて朝食をとっていた。すると、また目の前のドアが開いた。何とはなしに目を向けると、出てきたのは、今日は女性ひとり。一人で静かに、いや平穏に、むしろ満足げに朝食をとりだした。男性はまだ寝ているのだろうか。それとも...

「だから広くてきれいなお部屋でも、仕方ないってことだよ」と夫。
娘は不可思議な面持ちで「そうか」といって、残りの朝食を無邪気にたいらげていた。

最高のロケーションにあり、値段も手ごろで良心的なホテル。ほろ酔い気分で帰ってきても、部屋に入るまでに必ず目がさめる69段の階段と、会話が筒抜けのプライバシー保護の配慮のない部屋があるのが何ではあるが、それもご愛嬌と許せてしまうのはここがイタリアだからだろうか。

 

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  • 13.Sep.2009
  • by aya
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