berlin cafe and more

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Schwarzescafe

想い出が染み付いたカフェ。

ベルリンに住むと決めてからはじめて入ったカフェ。しかし、詳しくそのときの気持ちを思い出すことはもうできない。

薄暗い部屋の、小さい窓から差し込む春の陽射しで、ラッテマッキアートの入ったグラスがきらきらと輝いていたこと、それがあまりにもきれいでシャッターを押した。そんな断片的な記憶しかない。

あのときまだ気付いていなかったお腹の中の小さな発芽が、もう2歳になる。この同じカフェで、今は好物のハムを一枚丸ごと口に詰め込みながら隣に座っている。口を開けすぎて目が線になっている。昔から何もかもが変わってしまっているようで、たいして変わっていないのかもしれない。何年か経過してここに来たときには、どんなことを考えているのか。

少なくとも、今の気持ちをそのまま思い出すことはできないだろう。思いは刻一刻と変わっていくし、そのひとつひとつは次の瞬間には過去のものとなっていく。そして行き場所をなくした過去の思いは、それぞれどこかに場所を見つけて染み付いていく。

コーヒーを飲みながら、2年以上前になるあの時の記憶を手繰り寄せて、そのままを思い出そうとしてみるが、そんなことはやはりできない相談なのだ。だから、都合よく、または少々美しく加工した過去の想い出にひたる。または、今現在の自分に必要な想いをめぐらす。

小さくて、どちらかといえば景気の悪そうな、間口の狭いこのカフェの入り口からは、実際の中の様子は想像できない。奥にわりと広い空間が広がり、2階はもっと広く、天井も高い。あたりを見渡してみても一見客はいなさそうである。外から見る限りは、どう見積もっても場末の酒場風で、知らなければ名前にこそカフェとついているが、普通のカフェとは知れないし、その構えからは、店内にこんな空間が広がっているとは想像し難い。

こんな空間とはつまり典型的なベルリンのカフェである、広いが広さを感じさせない、ほどよい混み具合の、個性的な、しかし落ち着いた、気さくな、そしてちょっと廃退的な雰囲気の漂う薄暗い空間。少々不健康そうに見えて、健全なカフェ。

昔、少なくとも2年前はメニューを読むことなどなかったが、今はつい手にとってじっくり見てしまう。ベルリンのカフェでは、メニューのはじめや後ろの方にいろんなこと、店の特徴から、オーナーの想い、店の歴史や建物の歴史、人生哲学や詩に至るまでいろいろと書き綴られていることが多い。

ここでも、昔は気付かなかったのだが、メニューの一番最後から数ページ白紙が続いたあとに、手書きのコピーでなにやら哲学的なことが語られている。「心配したってしかたがない、... ジョンレノンの歌詞にこんなのがある、... オノヨーコにこんなことをいっている、... だって人生は、...」

ドイツの朝食メニューは豊富で、たいていは午後14時か16時頃まで注文出来るのが普通であると前にくわしく述べているが、こちらの朝食は、朝食なのに横にかっこ書きで「TAG &NACHT(ターク・アンド・ナハト=昼も夜も)」とある。しかもここはドイツではとてもめずしい24時間営業(火曜日は22時まで)。つまり24時間、いつでも「朝食」が注文できる不思議な店である。

朝食メニューはクロワッサンとママレードの一番シンプルな「フレンチの朝食」から始まっていて、チーズやハム、サラミなどのドイツ的な「ミックス朝食」から、チョコや蜂蜜などからなる「甘い朝食」などと続いている。このあたりはどこのカフェでも同じ定番だが、この店の変り種は「アボガドつき朝食」「生ハムとメロンの朝食」など。

ここのお店もそうだが、たいてい、ドイツのメニューの名前の下には小文字で何が入っているか細かく書いてあるので、かえって遊び心あふれる、あるいは突拍子もない名前がついている場合が多い。例えばここの朝食メニューの最後三つには、こんなネーミングが施されていた(以下意訳)。

「初恋」
「その後の恋」
「走り出した愛」

どれも内容は似たり寄ったりで、各種パン(白・黒・茶、ロール、スライスなど)と、ハム、チーズ、卵、オレンジジュースなどというシンプルなものだが、卵の調理法が微妙に異なっている。

一番最初の「初恋」では、二つが一つのグラスに入った半熟のゆで卵(スプーンでつぶしてそのまま食べたり、パンに乗せたりして食べる)。次の「その後の恋」では二つの卵を使ったスクランブルエッグになっていて、最後の「走り出した愛」ではゆで卵が一個になっている。

この細工には夫が気付いた。はじめは別々の二つがグラスに一つに入って仲むつまじく、次第に二つが混ざり合って...というのはわかるが、さて三番目のやがて「卵一個」になるとはどういうことなのだろうか。

夫は当たり前のように「こどもができたんだよ」と隣で食い散らかしている娘の横で単純明快な答え。しかし、私は反論した。「違うわよ、これはどんなに仲良くなっても、時間が経てば所詮他人とは相容れなくなるってことよ、単純ねえ」というと、「何、それって離婚ってこと?」、いえ、「そうとも限らないわよ。離婚しなくったって、もう相手にばかり合わせてられないから、これからはわが道を行かせていただきますのでどうぞよろしく、ってこともあるじゃない」、「そうかあ、なるほどねえ、でもそういう意味なの、これって?」... 

面白がって、夫はオーナーと思しき人にたずねて見るという。最初は質問内容が把握できずむずかしい顔をしていたが、途中から意を得て笑顔に。そして、ゆっくり意味深に間をおいてから、「もちろん、個人に戻るってことだよ」と短く答え、それから茶目っ気たっぷりにウインクしながらこう付け足した。

「...だけど、アジア人だけだね、そんなこと聞いてくるのは。ドイツ人は答えなんて人に求めないのさ。それぞれが解釈して自分で答えを決めればいいんだよ、この国ではね」(Mar.2006)

  • 03.Apr.2009
  • by aya