berlin cafe and more

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Moebel

1989年にベルリンの壁が壊れてから、16年がすぎた(2006年現在)。

東西で明らかに様子が違った建物の状態も、資本が入るや否や、とまで早くはなかったにせよ、今に至ってはすっかりどこが東でどこが西だったのか、その外観からは分からなくなってしまっている地域が多い。

ヨーロッパの石造りの丈夫な建物は、改装すればいくらでも見違えるようにきれいになるし、いつまでも実際に使用できる。旧東地区では近年においても、セントラルヒーティングではなく褐炭の暖炉を使っていたアパートが多かったらしい(注:褐炭とは石炭化度の最も低い石炭で、多量のすすと臭気を出す特徴のある燃料)。

そのせいかアパート群は真っ黒だった。それが壁の崩壊後、次から次へときれいに化粧直しをして見違えるように美しくなった。それらには昔の住人からすれば法外とも言える高い家賃がつけられ、ちょっと裕福な若い夫婦たちの手にわたり、おしゃれなカフェに変化してきた。

白やレモンイエロー、コロニアル調サーモンピンクなどのしゃれたアパートの合間に、ところどころ残っている黒くておんぼろの建物。それは旧東時代からのオリジナルの建物であることが多いのだが、少数派となった今となってはかえって目を引く。

褐炭のすすによる黒ずみと、経済的理由により改装できなかった時代物である。それらのなかには改装途中のものや、その順番を待っているもの、あるいは理由として一番ありがちなのは、ただ単に経済的理由により今でも改装できない、一見恵まれないように見える建物たちである。

しかし、それ以外にわざと改装しないでそのまま使用されているものもある。昔を忘れないためとか、歴史の生き証人として、などというかたいことはぬきに、ファッションとして、ただ人生にはおるひとつの洋服のように、身に着けるアクセサリーのように。

そのままオフィスに使ったり、古着を売ったり、アトリエにしたり。時代遅れの古ぼけた趣でさえ、建物や、インテリア、洋服のひとつのファッションとして楽しむ風潮がベルリンの若いアーティストやクリエーターにある。この「若さ」はかならずしも年齢を意味しているわけではなく、最新の、と言う意味でもある(世代がずっと上で流行の最先端を行っている人が、ベルリンにはすくなからずいると思うから)。

そんな彼らは、しかし一見するとそんなものの古さに無頓着、のように見える。自分が好んで移ってきたおんぼろのアパートでも、それがいつ建てられたものかすら知らない、あるいは知る気がなかったりする。あえて身に着けた古さへの執着も薄いように感じられるのだ。

それはたとえばその建物の古さを強調することなく、あえて何も語らせない、語らないところからも感じられる。まるで、改装するのがめんどくさいので、安かったので、そのまま使ってます、そのまま住んでます、といわんばかりのさりげなさなのだ。そういうスタンスの主人がいる恩恵を受けて、建物もインテリアも、きまりすぎて肩がこるようなことがないのがベルリン流。そしてファッションであるチープさは、実際にもお金が掛かっていないのだから一石二鳥で合理的。

このカフェの建物は旧東時代からのオリジナル。カフェとしてはオープンしたばかりの生後3週間。それなのに、とてもくつろげる。古ぼけた構えのなかも、アンティークというよりは時代遅れのいすやテーブルをつぎはぎしてつくった空間がひろがっている。そう、広がっている、といえるくらい空間がある。店内はとても狭いのだが、その広さ(狭さか)に不釣合いなほど席数が少ないのだ。これで商売がやっていけるのかと他人事ながら思わず心配してしまう。

それはまるで隙(と隙間)のある不完全な居間のような雰囲気なのだ。それゆえかえって落ち着居た空間に完成されている。冷めた情熱がほどよい距離感でつたわってくるカフェ。不本意ながら常連になってしまいそうな最近のお気に入り。

ところで、センスがいいと感じたものによく使われる表現は、日本では「かわいい」が代表格だが、ドイツでは「クール(=かっこいい)」。若年層の言葉とはいえ、それぞれの国の人の価値観を的確に表しているから侮れない。(Jun.2006)

  • 02.Apr.2009
  • by aya